月夜見
 “日々是好日”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより
  


        




 冬場に比べりゃあ、随分と陽も長くなり。しかもしかも、陽が遠いお山の稜線へと沈んだ後でも、しばらくほどは白々と明るい。もっと春が進めば曇天くらいの明るさがしばらくは続く宵になり、長い昼寝をした後なんかに、ええっ夜明けまで寝ちまったのか?と勘違いするほどともなるのだが。

 “まだそれほどにはなってねぇか。”

 町屋の家並み、屋根の峰が連なる辺りは、その稜線がすっかりと暗くなった夜空に没していて。飲み屋や宿屋でもある辺りならともかくも、常夜灯さえない通り沿いは、月から降り落ちる青い光が照らすのみの、閑として寂寥なばかりな佇まい。袖の中へと両手を引っ込め、矢蔵を作っての急ぎ足。軽快な足取りは夜道を急ぐ姿には見えず、一応は提げてた小さな提灯がゆらゆら揺れるのも、妙に楽しげに見えるほど。そうして辿り着いたのは、昼間もお勤めで詰めていたシモツキ神社で。ここで、ちょっとした豆知識。神社の鳥居は、基本 南を向いているので、道に迷ったら目印にするといいそうだ。そんなこたぁ実は知らないその人は、だが、境内に灯されてある常夜灯のぼんぼりに気づくと提灯の灯を消した。足元暗がりじゃあなくなったからだろうが、自分の気配を消すためとも思われて、それが証拠に、ここまでの軽快な歩みとは打って変わっての慎重な態度。左右を見回し、前後も見回し、鳥居をくぐった先の石段の上とそれから自分の足元という“上下”まで見回して…という念の入れようで周囲を警戒したその後、やっとのことで境内へと進む参道へと歩み出す。石段をたかたかと登り詰め、蝋燭だか灯明だかが灯されたぼんぼりを辿っての奥へと進めば、昼間の内には店を開いてた露店も、商品がないだけじゃあなく毛氈もさげての骨組みだけの屋台となっており、何とも殺風景な連なりで。そこを通って進んだ先には、いよいよの本堂を前にして社務所とそれから枝垂れ梅が待ち受ける。夜桜のように花闇が夜陰を圧倒するというような、迫力まではないけれど。闇の中に姿なきまま甘い香りがするのは、何とはなく華やかな情緒があっての色っぽく。

 「……。」

 情緒だなんてもんは、それこそ形が無いから良く判らないけれど。でも、こういう雰囲気はまんざら悪くはないと。月に濡れてる白い姿、甘やかな薫香と共にしばし堪能し。そして、

 「えっと…。」

 懐ろへと手を入れて、何やら取り出しかけたそのときだ。自分が立つその空間に、夜陰や夜風の気配とは別の、誰か何かの存在を嗅いだ。日頃からそれほど過敏なわけじゃあないが、今の今は微妙に別だから。それに、そいつは……

 “こっちを見てる?”

 意識が真っ直ぐこっちを向いてて、しかも何だか尋常じゃあない濃さなような気もするからと、それでと気づいた彼であり。こんな夜更けに徘徊する奴にロクなのはいない。自分のことは棚に上げ、そうと感じての懐ろから取り出したのは、当初の目的の物じゃあなく、彼が日頃から使っている得物の十手。特に武器として振り回したことは少ないが、こちらの身分を示すのにと、胸元に掲げてそのまま、気配のする方へと歩み出せば、

  「う、うあぁぁああぁ……っっっ!!」

 不意に、とんでもない奇声を上げつつ誰かが飛び出して来たもんだから、

 「な、何だなんだっ!?」

 怪しいという方向性が微妙に違わないかと。それこそ唐突な大声に驚いてのどひゃあと飛び上がりかかったのが、麦ワラの親分さんならば、

 「ひぃやぁあぁぁ……っっっ!!」

 そんな親分の来たほう背後から、やっぱり妙な奇声が立ち上がり、

 「なっ!」

 何だなんだ、今夜は地獄の釜の蓋が開く晩か?と(それは盆)そんなことまで思ってしまった親分だったが。後からの声へと振り返ると同時、風を切って飛んで来たものがあって。
「あ…。」
 その気配にこそ覚えがあっての、咄嗟にその身を躱して見せれば。夜陰を貫き一直線に、小石ほどの何かが夜陰を翔っていって。丁度、最初に親分を驚かした存在目がけ、ひゅんと飛んでの見事に命中。

 「うわっ!」

 野太い声が聞こえ、そこへ第二の弾丸が飛ぶ。大声上げた大口へ、何かが続けざまに飛び込んで、

 「何…を…。」

 怖いと判っているものへの恐怖より、得体の知れないものへの恐怖の方が、場合によっては勝るそうで。それを喰らった謎の人物、ルフィ親分をキョトンと見やっての立ち尽くしていたのも一瞬のこと。驚いて見張っていたその双眸を、ますますのこと大きく大きく見開くと、自分の口や喉を自分の両手で押さえつけ、そこからがさあ物凄い。

 「ぎゃあぁっ!」

 辛いっ熱いっ、なんだ何だこりゃあっ。そうと聞き取れたのは最初だけで、大声出したその息がまた辛さを帯びていたものか。がっはごっほと苦しそうに咳き込んでの胸元掻き毟ると、逃げようとしてかそれとも考えなしの行動か、駆け出してみたそのまま足がもつれて倒れ込み。擦り切れかかった石畳のうえ、砂まみれになりつつ、毒でも盛られたかのように、もだえ苦しみのたうちまわる。

 「…ウソップ。
  滅多な星弾は使っちゃなんねぇと、ゲンゾウの旦那から言われてなかったか?」

 気の毒にと眉を下げつつも、自分の後から着いて来たらしい、もう一人の奇声の主へと声をかけたのが親分さんなら、
「ひ、ひぃいぃぃっっ。」
「だ~か~ら。怪しい奴なら、もうすっかりと伸びてるって。」
 何を怖がることがあると、最初の奇声に竦み上がったままらしいのへと声をかけた相手こそ。親分の下で目明かし修行中の下っ引きにして、ぱちんこの名人でもあるウソップであり。
「一体何を打ったんだ?」
「ああ、えと。2年物の梅干しです。」
 シソと自然塩とだけという、人工添加物を使わずに漬けた梅干しは、保存状態さえよけりゃあ何年も腐らぬほどの優れもの。ただし、水分が飛んで塩みがどんどん増すので、酸っぱさ辛さは半端じゃあなくなる。結晶の1粒2粒でも辛さが判ろう塩分を凝縮したもの、いきなり放り込まれたのだ。不用意に飲み込めば、体内の水分だって異常事態になるほど吸い取られるに違いなく。

 「そんな危険な星弾は、滅多に使っちゃあなんねぇぞ。」
 「へい。」

 そんなお説教は後にして、ちょっぱー先生呼んであげた方がいいんじゃあないかい? お二人さんも。
(苦笑)





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